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3月例会
『風をつかまえた少年』(2018年イギリス・マラウイ映画)
上映時間:1時間53分
2020年3月5日(土)呉ポポロにて
①12:50 ②15:30 ③18:30 の3回上映
予告編はこちらから

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『人生をしまう時間』

久々にダダ泣きした。


以下、公式HPからコピペ
***
東大病院の名外科医がたどりついた最後の現場
それは、「在宅」の終末期医療だった。

超高齢化が進み、やがて多死時代を迎える日本。近年、国は医療費抑制のため終末期医療の場所を病院から自宅に移す政策をとってきた。同時に、家族に看取られ、穏やかに亡くなっていくことを目指す「在宅死」への関心が高まっている。しかし、家族との関係や経済力など事情はそれぞれ。「理想の最期」の前に、厳しい現実が立ちはだかることもある。
都会の片隅で、「在宅死」と向き合うベテラン医師がいる。埼玉県新座市の「堀ノ内病院」に勤める小堀鷗一郎医師、80歳。森鷗外の孫で、東大病院の名外科医だった彼がたどりついた最後の現場が、在宅の終末期医療だった。患者と家族とともに様々な難問に向き合い、奔走する医師や看護師、ケアマネージャーたち。一人ひとりの人生の終わりに、医療に何ができるのか。映画は、地域の在宅医療に携わる人々の活動に密着し、命の現場を記録した。

***

NHK BS1スペシャル「在宅死 “死に際の医療”200日の記録」に、新たなシーンを加えたり、再編集して映画化されたもの。
冒頭から「家に帰りたい」と訴える高齢の女性の姿に涙が止まらなくなる。
在宅医療を選んだ人、選ばざるを得ない人、みんなそれぞれの事情や背景、歴史がある。
それに寄り添う二人の医師と、看護師、ケアマネ。
必死に介護、看護、介助する家族たちは、時には心身の限界を迎えそうになることもある。
その時、どうしたら良いのだろう。本人は「家に居たい」と主張する。でも、家族は限界が近い。心情としては、もちろん家でみたいという気持ちがある。しかしその反面…


映画の中でもそういう家族が出てくる。100歳を超えた母をみる70代後半の長男夫婦。
母は家に居たいというが、長男は一生懸命に看るからこそ限界を迎えつつあった。
その間に入ったのが小堀医師だった。
家族の様子を察知し、母と話をし、説得する。
福祉をやっていた人間としては「本人の意思」が何より尊重されるべきことという信念がしみついているので違和感があり、「ご本人は家に居たいって言ってるけど…」と思った。
ほんと、こういうとき、どうしたらいいのか私はいまだに分からない。
正解もないのかもしれない。でも、共倒れは1番ダメだし…どうしたらいいのだろう
一つ言えるのかは、そこで悩み続けるしかないのだろう、ということかもしれない。
「施設に入って!」「家に居たいって言ってるから!」とどちらか一方を一刀両断するのではなく
悩み続けること。考え続けること。決断を背負いつづけること。それしかないのかな、と思った。

人生2

↑寝たきりの父と、全盲の娘が暮らしている家。
父は肺がんで、「娘が心配だから」と病院に入院するのではなく在宅を選んだ。
父の態度や言葉のはしばしから娘を思う気持ちがにじみ出ていた。
娘の作ったうどんを、力強い声で「美味しい」という父。
きっと、体はしんどくてならないはずなのに小堀医師に対してもそういうことは出さずに。
そして、臨終のとき。

こういう終わり方ができて、父にとっても娘にとってもきっとこれ以上は無い、と私も思う。思うけれど…
涙がとまらない。

もう一人の堀越医師も、言葉少なめだが患者と家族を思う気持ちが強くあることが伝わってくる。
その人のために、その人がどうすれば楽でいられるか。

人生3

いろんな立場の人が出てくるけど、これがリアルなんだろうと思った。
きれいごとではない、人が死ぬという事、生きるという事。

人が亡くなるのは悲しいし辛い。
でも、それだけではなく、こういう事態になった時、もしかしたらすこしは希望を持ってもいいのかもしれない、そういうことを思わせてくれる内容の映画でした。

***もん***

| 映画よもやま | 04:25 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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