次回例会は
『歌声にのった少年』(2015年パレスチナ映画)
  上映時間:1時間38分
2017年9月16日(土)呉ポポロにて
①12:50 ②15:30 ③18:30 の3回上映
公式サイトはコチラ

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『さとにきたらええやん』

昨日、横川シネマで観てきました。
またまたドキュメンタリー。
“日雇い労働者の街”と呼ばれてきたこ大阪市西成区釜ヶ崎で38年にわたり活動を続ける「こどもの里」舞台。
未成年の子ども、その親たちが中心に、ちょっと立ち寄ったり遊びに来たり、宿泊したり、生活をしたり、、、そんな場所。

のっけから、「デメキン」という代表の方の言葉が胸に突き刺さった。
「昔と今では状況が違う。日雇い労働者の親は少なくなった。代わりに病気などの理由で働けなかったりする親が増えた。
でも【親のしんどさを背負って生きる】子どもがいる、という内容は変わらない」と。

“里”の方針は以下の通り。

誰でも利用できます。
こどもたちの遊びの場です。
お母さん お父さんの休息の場です。
学習の場です。
生活相談 何でも受け付けます。
教育相談 何でもききます。
いつでも宿泊できます。
・・・緊急に子どもが一人ぼっちになったら
・・・親の暴力にあったら
・・・家がいやになったら
・・・親子で泊まるところがなかったら
土・日・祝もやっております。

***

映画の中で、しんどい子ども、しんどい大人がたくさん出てきて何度も呼吸が止まりそうになった。
中でも、私が一番感情移入したのは撮影当時高校3年生だった「まゆみ」

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真ん中一番下にいる女の子。
彼女は母親とずっと離れて“里”で暮らしている。
家族構成は母とまゆみの二人の様子。
“里”の職員によると、まゆみの小学校卒業や中学校卒業などの節目に一緒に暮らすことを母親に提案するが、いつもいうことが違ってまゆみは里で生活をしているらしい
母親も顔を出さない状態でインタビューに答えたりもしている。
現在は仕事もしていない母親。
「まゆみにどんな大人になってほしいか?」と聞かれ、「人の痛みが分かる人間になってほしい。まゆみはまゆみのままでいいってことちゃうかな」と涙ながらに答えていた。
しかしながら、まゆみが、少ないであろう自分の預金から母親にお金を渡していたことが判明。
デメキンは怒った。でもその怒り方が本当に良かった。
最初は当然「なんでなん?!」という怒り方だったけど、すぐに「ごめんな、あんたを責めてるわけやないんやで。私はあんたのお金を、あんたのお母さんに渡してほしくないねん。あんたが悪いんちゃうで。お母さんな、毎月お金もらってんねん。それでも一緒に暮らせてない現状があって…。あんた優しいからな。ごめんな、責めてるんちゃうで」と。

この、「私はあなたのお金をお母さんに渡してほしくない」という言葉が本当にスゴイ。
例えば「なんであんな母親に渡すんや!」だと、まゆみが傷付いてしまう。
どんな親でも親は親。まゆみも、たまに帰った時に作ってくれる母親の料理がおいしい、と語る。
親への思いがある。
でも、その思いを、利用し、翻弄し、結果的に振り回しているのも事実。
自分ではどうしようもないのかもしれないけど、結果だけ見るとそう。だからまゆみは「しんどい」

他にも、暴力をふるう父親の姿を見続けた影響もあるのか自分を抑制しにくい子がでてきたり、、(でもこの子に“かかわり”を持つ職員のスタンスもすごかった。「暴力は絶対ダメ。理由はどうあれ暴力をふるうことは絶対許されない」と根気強く粘り強く伝える。でもその子の話しにも耳を傾けようとしている)

こういう子どもたちが西成の日雇いのホームレスの「おっちゃん」たちの夜回りをして声掛けをしたり、カイロを配ったりという活動をしていたり。その理由も劇中でてくる。

最初から最後まで、生きづらい世の中の縮図を観ているようだった。
誰が悪いのか?その人本人か?そうなのか?
辛い思いをするのはいつも子どもや、ごく普通の人。

横川シネマで21日まで上映中です!是非!


***もん***

| 映画よもやま | 15:16 | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

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